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そうゆう事ですね

皆さん お早う御座います。 高島 まこと です

まだまだ 蒸し暑い昼も夜も続きますが・・もう1ヶ月位の我慢でしょうか・・

さて 小名木さんのブログ少し長くなりますが、途中で切ってしまうと意味が無いので全文載せさせて頂きますですが 是非御一読下さい。

終戦の御詔勅・逐条解説

本日未明、日本の心をつたえる会、田沼喜一会長がご逝去されました。
ご生前のご功績とご厚情に深く感謝するとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

終戦の日に放送される
「耐ヘ難キヲ耐ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ」
は、いわゆる「情報の切り取り」です。
昭和天皇の大御心を、私たちはあらためてしっかりと、その半分だけでも理解すべきと思います。



(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)

毎年8月15日は「特別な日」として、昭和天皇の終戦の御詔勅をご案内させていただいています。
はじめに原文を示し、次いでお叱りを覚悟で、私からの現代語訳をお示しし、そのあとに簡単に解説を述べさせていただきます。

毎年終戦の日がやってくると、テレビは終戦特集を組み、昭和天皇の玉音のなかから、
「耐ヘ難キヲ耐ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ」
ばかりを繰り返し放送します。
これは国が勝手に戦争をはじめ、敗れて国を焼土にしておきながら、それでも厚顔に「耐え難きを耐えて我慢しなさい」と身勝手なことを言っているかのような印象を与えるための印象操作であると言った人がいました。
その通りかもしれません。
そうだとすれば、昭和天皇の大御心を理解しない、国民として有り得べからざる行為といえます。

天皇の御肉声のことを「玉音」と言います。
それぞれの時代に、天皇が「玉音」を発せられたことは、我が国の歴史に多々ありますが、全国民に向けて直接「玉音」が発せられたのは、この終戦の御詔勅と、東日本大震災に際して、および御譲位に際しての先帝陛下の「玉音」の三回だけです。
つまりこの3つは、我が国の歴史に刻まれるべき重要な「玉音放送」です。

終戦の御詔勅は、2680年、126代続く我が国ご皇室の伝統における初の陛下が全国民に向けた玉音放送です。
まさに昭和天皇の国民への慈愛の賜物なのです。

それだけ貴重な玉音放送でありながら、813字のこの御詔勅の中のわずか14文字だけを切り取って、繰り返し放送の電波に乗せるというのはいかがなものでしょうか。
放送は、時間の制約から、発言は切り取らなければならないものであるかのように言われますが、どうでもいいようなくだらない番組や、くだらない評論家の長々とした意味のない発言をダラダラと繰り返すより、国民に対する責任として、特に重要なものは、そのすべてをきちんと国民の前に示すべきではないでしょうか。

まして終戦の御詔勅は、我が国の歴史はじまって以来の、初の全国民に向けた玉音放送なのです。
そういうことを、きちんとやることこそ、報道の正義というものだと私は思います。

それでは本文です。
文語体で読むのがたいへんそうなら、下の動画でお聴きになられるのも良いかと思います。

【終戦の詔勅原文】

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所
曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス
然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス
加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻リニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ
惟フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル
然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム
宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ
御名御璽
昭和20年8月14日終戦の詔勅 (玉音放送)

【現代語訳】

朕は、深く世界の大勢と、
帝国の現状をかえりみて、
非常措置をもって
事態を収拾しようと考え、
ここに忠実にして善良なる
汝ら臣民に告げる。

朕は、帝国政府に、
米英支ソの四国に対して
ポツダム宣言を受諾する旨、
通告した。

そもそも、
帝国臣民の安寧をはかり、
万国が共存共栄して
楽しみをともにすることは、
天照大御神からはじまる
歴代天皇・皇室が遺訓として
代々伝えてきたものである。
朕もこれを常々心がけてきた。

先に米英の二国に宣戦した理由も、
実に帝国の独立自存と
東アジア全域の安定とを
希求したものであって、
海外に出て他国の主権を奪い、
領土を侵略するがごときは、
もとより朕の志すところではない。

しかるに交戦状態はすでに4年を過ぎ、
朕の陸海軍の将兵の勇敢なる戦い、
朕のすべての官僚役人の精勤と励行、
朕の一億国民大衆の自己を犠牲にした活動、
それぞれが最善をつくしたのにもかかわらず、
戦局はかならずしも好転せず、
世界の大勢もまた
我が国にとって有利ではない。

そればかりか、
敵は新たに残虐なる新型爆弾を使用し、
いくども罪なき民を殺傷し、
その惨害の及ぶ範囲は、
まことにはかりしれない。
この上なお交戦を続けるのであろうか。
ついには我が日本民族の滅亡をも招きかねず、
人類文明そのものを破滅させるに至るのか。

そのようになったならば、
朕は何をもって
億兆の子を保てばよいのであろうか。
皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊に謝れば良いのか。

以上が、朕が帝国政府に命じ、
ポツダム宣言を受諾させるに至った理由である。

朕は、帝国とともに
終始一貫して
東アジアの解放に
協力してくれた
諸々の同盟国に対し、
遺憾の意を表明する。

帝国臣民であって戦陣で戦死した者、
職場で殉職した者、
悲惨な死に倒れた者、
およびその遺族に思いを致すとき、
朕の五臓六腑は引き裂かれんばかりである。

戦傷を負い、
戦争の災禍をこうむり、
家も土地も職場も失った者たちの
健康と生活の保証にいたっては、
朕の心より深く憂うるところである。

思うに、今後、帝国の受けるべき苦難は、
もとより尋常なものではない。
汝ら臣民の真情も、
朕にはよくわかる。

しかしここは
時勢のおもむくところに従い、
耐えがたきを耐え、
忍びがたきを忍び、
もって万国の未来、
子々孫々のために、
泰平の世への一歩を
踏み出したい。

朕はここに国家国体を護り維持しえて、
忠実にして善良なる汝ら臣民の
真実と真心を信頼し、
常に汝ら臣民とともにある。

もし事態にさからって
激情のおもむくまま事件を頻発させ、
あるいは同胞同志で排斥しあい、
互いに情勢を悪化させ、
そのために天下の大道を踏みあやまり、
世界の信義を失うがごとき事態は、
朕のもっとも戒めるところである。

そのことを、
国をあげて、
各家庭でも子孫に語り伝えなさい。

そして神国日本の不滅を信じ、
任務は重く道は遠いことを思い、
持てる力のすべてを
未来への建設に傾けて、
道義を重んじて、
志操を堅固に保ち、
誓って国体の精髄と美質を発揮し、
世界の進む道に
おくれを取らぬよう心がけなさい。

汝ら臣民、以上のことを朕が意志として体せよ。

御名御璽
昭和20年8月14日

【解説】

朕(ちん)深(ふか)ク世界ノ大勢(たいせい)ト帝国ノ現状トニ鑑(かんが)ミ非常ノ措置(そち)ヲ以(もっっ)テ時局(じきょく)ヲ収拾(しゅうしゅう)セムト欲(ほっ)シ茲(ここ)ニ忠良(ちゅうりょう)ナル爾(なんじ)臣民(しんみん)ニ告(つ)ク
  朕は、深く世界の大勢と、
  帝国の現状をかえりみて、
  非常措置をもって
  事態を収拾しようと考え、
  ここに忠実にして善良なる
  汝ら臣民に告げます。

「忠良ナル爾臣民」というのは、裏返しに言えば、臣と民(たみ)が、陛下の「おほみたから」であるという認識のもとにある言葉です。
そしてこの言葉は、当時日本であった、北海道、本州、四国、九州、朝鮮半島、台湾、琉球諸島他島嶼部、および、日本の保護領となっていた太平洋の島々、樺太、千島列島にまで及ぶ、当時の日本の領土すべてに住む人々が、陛下の「おほみたから」である、という認識の上に立っているということをまず、申し上げたいと思います。

朕(ちん)ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
  朕は、帝国政府に、
  米英支ソの四国に対し、
  そのポツダム宣言を受諾する旨、
  通告させました。

「米英支蘇の四国」にある「蘇」というのはソ連のことです。

抑々(そもそも)帝国臣民ノ康寧(こうねい)ヲ図(はか)リ万邦共栄(ばんぽうきょうえい)ノ楽(たのしみ)ヲ偕(とも)ニスルハ皇祖皇宗(こうそこうそう)ノ遣範(いはん)ニシテ朕ノ拳々(けんけん)措(お)カサル所
  そもそも、
  帝国臣民の安寧をはかり、
  万国が共存共栄して
  楽しみをともにすることは、
  天照大御神からはじまる
  歴代天皇・皇室が
  遺訓として代々伝えてきたもので、
  朕もそれをつねづね心がけてきました。

「康寧」というのは、やすらかで平穏無事であることをいいます。
民がやすらかで平穏無事に、そして万国がともに栄えることこそが、皇祖皇宗から遺された手本であり、拳々(両手でうやうやしく捧げ持つこと)して、下に置かない、つまり常に願い続けることだということを述べられています。

「万邦共栄(ばんぽうきょうえい)ノ楽(たのしみ)ヲ偕(とも)ニスル」は、イザナキ、イザナミの時代から続く神々が地球全体に与えた目的の「豈国」のことを指します。
この地球全体を「よろこびあふれる楽しい国とする」という意味です。

曩(さき)ニ米英二国ニ宣戦セル所以(ゆえん)モ亦(また)、実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾(しょき)スルニ出(い)テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵(おか)スカ如キハ固(もと)ヨリ朕カ志(こころざし)ニアラス
  先に米英の二国に宣戦した理由も、
  実に帝国の独立自存と
  東アジア全域の安定とを
  希求したものであって、
  海外に出て他国の主権を奪い、
  領土を侵略するがごときは、
  もとより朕の志すところではありません。

「曩(さき)」という字は、「先」と同じ、一定の時点よりも前を意味する字です。
ここで陛下は、戦争に至った理由が、どこまでも自存自衛と東亜の安定を「庶幾(こいねがうこと)」するものであったと明確に述べられています。

然(しか)ルニ交戦已(すで)ニ四歳ヲ閲(けみ)シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司(ひゃくりょうゆうし)ノ励精(れいせい)朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘(かかわ)ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス
  しかるに交戦状態は
  すでに4年を過ぎ、
  朕の陸海軍の将兵の勇敢なる戦い、
  朕のすべての官僚役人の精勤と励行、
  朕の一億国民大衆の自己を犠牲にした活動、
  それぞれが
  最善をつくしたのにもかかわらず、
  戦局はかならずしも好転せず、
  世界の大勢もまたわが国にとって有利とはいえません。

「閲(けみ)シ」は、数えることで、交戦状態がすでに4年に至っていることです。
そして続けて陛下は
「陸海将兵ノ勇戦」
「百僚有司(ひゃくりょうゆうし)励精(れいせい)」これは、すべての役人の誠実な勤務。
「一億衆庶ノ奉公」
それぞれが各々(おのおの)最善を尽して戦ったことを述べられています。
注目すべきは、それぞれに「朕が」と、軍も、役人も、民間人も、すべて天皇の民であることを、ここで「朕が」と三度繰り返して述べられていることです。
基本的に、文語体の文章は、できるだけ言葉を省いて書くものです。
ですから、同じ語が二度繰り返されていれば、それは相当の強調を意味します。
それが三度繰り返されているとなれば、それはただの強調ではなく、重要なことであることを意味します。
要するに、軍人も役人も民間人も、すべては、陛下の「おほみたから」であるということを、ここで重ねて強調され、さらに重要なことであることを宣言されているわけです。

加之(しかのみならず)敵ハ新(あらた)ニ残虐(ざんぎゃく)ナル爆弾ヲ使用シテ頻(しき)リニ無辜(むこ)ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真(しん)ニ測(はか)ルヘカラサルニ至(いた)ル
而モ尚交戦ヲ継続セムカ
  そればかりか、
  敵は新たに残虐なる新型爆弾を使用し、
  いくども罪なき民を殺傷し、
  その惨害の及ぶ範囲は、
  まことにはかりしれません。
  この上、なお交戦を続けるのでしょうか。

「新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ」とありますが、これは広島と長崎に投下された原爆のことを意味しています。
この投下された原爆のことを当時は「新型爆弾」と言いましたが、広島に投下された直後に、日本において、それが「新型爆弾」だとわかったのは、投下されたのが8月ですが、同じ年の1月の段階で日本では、原爆の開発がすでに終了段階に達していたことによります。
当時陸軍では、この爆弾を、本土近海に攻めてきた敵艦隊、および米本土への投下に使用することで戦局の打開を計画していましたが、陛下は、この爆弾の使用はおろか、開発までも即時停止をお命じになられています。
たとえそれが敵の軍事施設や敵艦船だけを狙うものであったとしても、その被害影響は、必ず周辺住民に及ぶからです。
つまり原爆の使用は、通常の制服軍人同士が行う戦争と異なり、民間人に打撃を与えます。
これは、いわば、リングの外の場外乱闘であって、すでに国際法に規程する国家の戦闘を超えます。
だから陛下は、即時開発停止と使用の禁止をお命じになっているのです。

陛下がこのように直接ご下命されることは、我が国の慣例として、通常はありえないことです。
なぜなら、陛下がご命令をなされれば、それは陛下が政治権力を行使することを意味してしまうからです。
陛下が政治権力を行使すれば、陛下の「おほみたから」であるから権力からの自由を得ている民衆は、諸外国と同様、権力のしもべになってしまいます。
つまり、権力の下にある隷民となってしまうのです。
そもそもこれを否定したのが、我が国の天皇という存在です。
したがって、陛下の原爆開発と使用禁止ご下命というのは、あり得ない、あってはならないことなのです。
それでも陛下がそのようなご下命をされたことは、我が国が行っていたことは、どこまでも戦時国際法のルールにのっとった戦争であって、場外乱闘ではないということを意味します。

そして陛下は、「而モ尚交戦ヲ継続セムカ」と、場外乱闘となってまでも、「尚、交戦を継続するのですか?」と我々国民(臣民)に問うておいでになられます。
それは「戦争とは何か」を、あらために国民(臣民)に問うものです。
私は、このお言葉に「民族としての誇り」を感じます。
みなさんはいかがでしょうか。

終(つい)ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来(しょうらい)スルノミナラス延(ひい)テ人類ノ文明ヲモ破却(はきゃく)スヘシ
  ついにはわが日本民族の
  滅亡をも招きかねず、
  さらには人類文明そのものを
  破滅させるにちがいありません。

新型爆弾(原爆)を使用し、このまま原爆を撃ち合っての場外乱闘を続けるならば、それは日本民族云々の問題を超えて、人類文明そのものを破壊し滅ぼしさってしまうということを述べられています。
実は、1921年に発掘されたパキスタン南部のモヘンジョダロ遺跡で、埋葬されることなく、互いに手をつなぎ合って、ただ路地に横たわっている数十体の人骨が発掘されています。
また、人骨群の一部からは、通常の50倍に上る放射能、および遺跡の壁からは過去に異常な量の熱を一瞬にして浴びたときにできるガラス質が発見されています。
これらはいずれも紀元前2300年〜2500年前のものですが、周囲に火山もありません。

また、インドのボンベイ遺跡からは、大量のクレーター跡も発見されている。最大のものは直径が2.1kmに上ります。
こちらの年代は約5万年前のものですが、これら遺跡が示すことはただひとつ、この地で、その時期に核爆発があったということ以外に、実は理由の説明のしようがないのです。

普通に常識で考えていただきたいのですが、今年が西暦2017年です。
人類が銃器を使ってドンパチやっていた時代から、空から核爆弾を降らせるようになるまで、たったの500年です。
何千年という歳月、あるいは何万年という歳月は、もしかすると人類が文明を興しては、核で滅びて文明を失うことの繰り返しであった可能性は否定できない歳月といえるのです。

その意味において、我々日本人は、多くの同胞の命を犠牲にしながらも、ここで場外乱闘に自ら終止符を打つことで、人類滅亡を食い止めたということができます。
これは大切なことです。

斯(かく)ノ如(ごと)クムハ朕何ヲ以(もっ)テカ億兆ノ赤子(せきし)ヲ保(ほ)シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ
  そのようになったならば、
  朕は何をもって
  億兆の子を保てばよいのでしょう。
  皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊にあやまればよいのでしょうか。

「赤子(せきし)」というのは、一義的には生まれて間もない子のことを意味しますが、天皇がこのお言葉を用いるときは、天皇の民を意味することになります。
これを陛下は「億兆の赤子」と詔(みことのり)されています。
「億兆」は、水平方向に考えれば、日本の民は、前のところで「一億」と述べられていますから、これは世界の人類を意味することになります。
しかしいまでも、世界の人口は70億人です。「兆」はいません。
ということは、ここでいう「億兆」というのは、世界の民衆という意味だけでなく、すでにお亡くなりになっている世界の人類のご祖先の御魂、そしてこれから生まれてくるであろう未来の子供たちすべてのことを述べられているとわかります。
「いまさえ良ければいい」というのではないのです。
陛下の御心には、常に、先祖代々、そして未来に続く人々の子らすべてに対する責任の自覚が明確にある、ということなのです。

是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以(ゆえん)ナリ

  以上が、朕が帝国政府に命じ、
  ポツダム宣言を受諾させるに至った理由です。

以上がポツタム宣言を受諾した理由である、と陛下は明確に述べられています。
つまり理由は、
1 戦況に利あらず
2 敵の新型爆弾使用による場外乱闘
の2点にあるということが、ここで明確にされています。

ただしここでいう1は、敗けているということばかりを意味していないことにも注意が必要です。
なるほど当時の戦況は、島嶼部を奪われ、本土にも度重なる空襲が行われていたことは事実です。
原爆も無辜(むこ)の民を殺しますが、空襲による焼夷弾投下も、無辜の民を殺すことでは同じです。
なるほど広島に落ちた原爆は、16万6千人の命を被爆から4ヶ月以内に奪い、また、原爆投下後の入所による被爆者も含めると、被爆による被害者は56万人を数えるといわれています。
しかし、3月10日の東京大空襲でも、当日の空襲による火災の煙は高度1万5000メートルの成層圏にまで達し、即日死亡者だけでも8万3千人、被災者は100万を超えています。
しかしそれでも日本は、音を上げていないし、敗北も停戦もしていません。

8月の段階での状況をいうと、この月の8月7日には、新型ジェット戦闘機が橘花(きっか)が初飛行に成功しています。
そして15日には、数十機程度が量産状態に入り、橘花16機・九九式艦上爆撃機24機・練習機12機による第七二四海軍航空隊が、予科練甲飛14期生100名と16期生200名で編成され、訓練にはいっていました。
また、陸軍は、殊戦闘機「火龍」、局地戦闘機「震電」を開発しており、これらは9月には実飛行に配備され、実戦投入される予定でした。
ジェット戦闘機の登場は、朝鮮戦争時に米軍のB-29を廃棄に追い込んでいます。
つまり日本はあと2ヶ月で本土空襲を完全に排除できる能力を持っていたわけです。

沖縄戦という局地戦でさえ、米軍は即日戦死だけで7万2千人の被害を受けていました。
これが本土決戦となれば、米軍の被害は100万を下らないというのは、米国側の試算にもなっています。
本土近海の米海軍艦船は、ジェット型の爆撃機による特攻の前には、完全に無力です。
速度的に敵わないのです。
そしてそのような事態になれば、米国の方が、むしろ停戦を求めざるを得ないという状況が生まれた可能性も、否定はかならずしもできない状況にあったわけです。

それでも陛下は、戦いが新型爆弾によって完全に場外乱闘の域に至ったと判断された段階で、終戦のご英断をされています。
理由はひとつです。
原爆です。
それは人類社会そのものを破壊破滅に導くものであるからです。

朕ハ帝国ト共(とも)ニ終始(しゅうし)東亜(とうあ)ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾(いかん)ノ意ヲ表セサルヲ得ス
帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ、職域ニ殉シ、非命ニ斃(たお)レタル者、及(および)其(そ)ノ遺族(いぞく)ニ想(おもい)ヲ致セハ、五内(ごだい)為(ため)ニ裂(さ)ク。
且(かつ)戦傷ヲ負(お)ヒ、災禍(さいか)ヲ蒙(こうむ)リ家業(かぎょう)ヲ失(うしな)ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念(しんねん)スル所ナリ

  朕は、帝国とともに
  終始一貫して
  東アジアの解放に協力してくれた
  諸々の同盟国に対し、
  遺憾の意を表明せざるをえません。
  帝国臣民であって戦陣で戦死した者、
  職場で殉職した者、
  悲惨な死に倒れた者、
  およびその遺族に思いを致すとき、
  朕の五臓六腑は、
  それがために引き裂かれんばかりです。
  かつ、戦傷を負い、
  戦争の災禍をこうむり、
  家も土地も職場も失った者たちの
  健康と生活の保証にいたっては、
  朕の心より深く憂うるところです。

「軫念(しんねん)」というのは、天子が心を痛めることをいいます。
つまり陛下は、同盟国となった諸国、我が国で共に戦った戦死者、戦傷病者、その遺族、戦争で土地や家屋を失った民衆すべてに対して、天照大御神の血筋をひく日ノ御子(ひのみこ)、天皇(すめらみこと)として、天上界を代表して軫念(しんねん)すると述べられていることになります。
たいへん残念なことをひとつ書いておかなければならないのですが、終戦後に我が国の統治者として入ってきたGHQは、日本の戦病傷者に対する補償の一切を打ち切りました。
これが復活するのは、昭和27年に我が国の主権が回復してからです。
戦場で、手腕足を失った者、視力や聴力を奪われた人々は、その間、本当につらい、生きていくことそのものを否定されたような生活を余儀なくされました。
これは米国国家として、人道上恥ずべきことであったと言わせていただきたいと思います。

惟(おも)フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固(もと)ヨリ尋常(じんじょう)ニアラス
爾臣民(なんじしんみん)ノ衷情(ちゅうじょう)モ朕善(よ)ク之(これ)ヲ知ル
  思うに、今後、帝国の受けるべき苦難は、
  もとより尋常なものではありません。
  汝ら臣民の真情も、
  朕はよく知っています。

「衷情(ちゅうじょう)」というのは、誠をもった心の中のことをいいます。
どこまでも国民(臣民)の良心と誠意を信じ抜いていると陛下はおっしゃられています。

然(しか)レトモ朕ハ時運(じうん)ノ趨(おもむ)ク所、
耐(た)ヘ難(かた)キヲ耐ヘ、忍(しの)ヒ難(かた)キヲ忍ヒ、
以(もっ)テ万世(ばんせい)ノ為(ため)ニ太平(たいへい)ヲ開(ひら)カムト欲(ほっ)ス
  しかし、ここは時勢のおもむくところに従い、
  耐えがたきを耐え、
  忍びがたきを忍び、
  それをもって万国の未来、子々孫々のために、
  泰平の世への一歩を踏み出したいと思います。

有名な「耐ヘ難キヲ耐ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ」です。
いろいろな思いはあることだろう。けれど陛下は自ら子々孫々のために、「太平を開く」とおっしゃられています。
「太平」というのは、世の中がよく治まって平和なことをいいます。
「開く」というのは、ここでは「きりひらく」の意味につかわれています。
つまり、陛下は、戦争を終らせるのではなく、未来を開くのだ、と仰られています。
終戦で終わりではないのです。
ここからが、新たな始まりなのだと述べられています。

朕ハ茲(ここ)ニ国体ヲ護持(ごじ)シ得テ、忠良(ちゅうりょう)ナル爾臣民ノ赤誠(せきせい)ニ信倚(しんい)シ、常(つね)ニ爾臣民ト共ニ在リ
  朕はここに、国家国体を護り維持しえて、
  忠実にして善良なる汝ら臣民の
  真実とまごころを信頼し、
  常に汝ら臣民とともにあります。

「ここに」という字を漢字で書くときは、「此処に、是に、爰に」などがありますが、陛下はここで「茲(ここ)に」という字を用いられています。
「茲」という字は、下に「心」が付きますと「慈」になりますが、もともと「並び生えた草を育てる」という意味があり、そこから「子を生み育てる」ことを意味するようになった字です。
その字を用いて「茲(ここ)に」と述べられているということは、皇祖皇宗の時代から、天皇によって国民を「おほみたから」とするというシラス国の体制を護り持(たも)ってきた、という意味が重ねられていることになります。
つまり「茲(ここ)に」と、「国体ヲ護持」は、ここで同じ意味の言葉が繰り返されていることになります。

そして「信倚(しんい)」というのは、信頼することです。
陛下は、「おほみたから」である国民を信頼し、その「おほみたから」と常に一体であると述べられています。
これはとてもありがたいお言葉です。

若(も)シ夫(そ)レ情ノ激スル所濫(みだり)ニ事端(じたん)ヲ滋(しげ)クシ、
或(あるい)ハ同胞(どうほう)排擠(はいせい)、互(たがい)ニ時局ヲ乱(みだ)リ、
為(ため)ニ大道(たいどう)ヲ誤(あやま)リ、信義(しんぎ)ヲ世界ニ失(うしな)フカ如(ごと)キハ、
朕最(もっと)モ之(これ)ヲ戒(いまし)ム

  もし、事態にさからって
  激情のおもむくまま事件を頻発させ、
  あるいは同胞同志で排斥しあい、
  互いに情勢を悪化させ、
  そのために天下の大道を踏みあやまり、
  世界の信義を失うがごとき事態は、
  朕のもっとも戒めるところです。

「排擠(はいせい)」というのは、他人を押しのけ陥れることをいいます。
世界は広くて、どことはいいませんが、国によっては、他国を押しのけ陥れて、時局を乱して、大道を誤って、世界中からの信頼を失っている国もあります。
また近年、日本人が劣化し、個人主義のもと、他人を押しのけたり陥れたりし、森友だの加計だのと時局を乱し、目の前に震災や大水、土砂災害のような大事があっても大道を誤って、世界中からの信頼を失っている人たちが国内で目につくようになりました。
そうはならないようにと昭和天皇は、いまから72年前に述べられておいでです。

宜(よろ)シク挙国(きょこく)一家子孫相伝(あいつた)ヘ、
確(かた)ク神州(しんしゅう)ノ不滅ヲ信シ、
任(にん)重(おも)クシテ道遠キヲ念(おも)ヒ
総力(そうりょく)ヲ将来ノ建設ニ傾(かたむ)ケ、
道義(どうぎ)ヲ篤(あつ)クシ、志操(しそう)ヲ鞏(かた)クシ、
誓(ちかっ)テ国体ノ精華(せいか)ヲ発揚(はつよう)シ
世界ノ進運(しんうん)ニ後(おく)レサラムコトヲ期スヘシ。
爾臣民其(そ)レ克(よ)く朕カ意ヲ体(たい)セヨ

  そのことを、
  国をあげて、
  各家庭でも子孫に語り伝え、
  神国日本の不滅を信じ、
  任務は重く道は遠いということを思い、
  持てる力のすべてを未来への建設に傾け、
  道義を重んじて、
  志操を堅固に保ち、
  誓って国体の精髄と美質を発揮し、
  世界の進む道におくれを取らぬよう心がけなさい。
  汝ら臣民、以上のことを朕が意志として体しなさい。

「道義」とは、条理に沿った道のことです。
「志操」とは、志を変えず、身をかたく保持することです。
ですから昭和天皇の「道義を重んじて、志操を堅固に保ち」というお言葉は、「ものごとの条理を大切にして、志を変えてはならない。身も心も堅固に保ちなさい」と仰られ、これを結びの言葉にされています。

「国体の精髄と美質」というのは、シラス国と和の心です。
「道義、思想、国体の精髄、美質」いずれも、戦後の日本が見失ったものです。

戦後の日本は、持てる力のすべてを、まずは国土の復興にあててきました。
そうすることで、国力も経済も回復させました。
陛下は、「道義を重んじ、志操を堅固に保ち、国体の精華と美質を発揮せよ」と述べられています。
焼け野原からの復興のときには、いろいろあることは、ある程度仕方がないという側面もあったものと思います。

けれどいま必要なことは、日本人が、個人主義のもとで他国や他人を押しのけたり陥れたりし、森友だの加計だのと時局を乱し、目の前に震災や大水、土砂災害のような大事があっても大道を誤って、世界中からの信頼を失うことではなく、いよいよ、本格的な「道義」や「志操」、そして本来あるべき我が国の「国体の精華と美質」の素晴らしさを学び、取り戻し、日本的精神の復興を強力に推し進めていくことではないでしょうか。
そしてそれは、決して、暗く暗澹としたものであってはなりません。
どこまでも明るく楽しく、よろこびに満ち溢れた、愛と幸せと美しさのあるものでなければなりません。

それが、皇国臣民の、祖先に恥じない生き様なのであろうと思いますし、国土の復興を終えた日本の、いよいよこれからが詔勅に基づいた、新しい日本の心の復興です。
3K(暗い、キモい、気味が悪い)ではダメなのです。

ひとつの時代が終わり、新しい時代が始まるまでに、およそ60年と言われています。
日本は、戦後60年をかけて、祖国の復興を遂げてきました。
今年は、新しい60年がはじまって、18年目です。
すでに新しい日本の、道義と志操と国体の精華の発揚の時代がはじまっています。
それは、世界が求める進運でもあります。
その世界の潮流に、私たちは遅れてはならないのです。

日本をかっこよく!

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